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ヴォーカル物語(自伝)
幼少時代

物心ついた頃にはオモチャのマイクを片手に家族の前で歌を披露するのが
日常の光景となっていました。
本人はなりきり度100%で家族に大ウケ。
我が家で大好評のエンターテイメントでした。
毎晩のように「歌って」とリクエストを受け、子供ながらにも、リクエストには
100%答えるというサービス精神を発揮していました。
そして大ウケした最後に家族が熱唱したチビシンガーに贈る言葉は
「いつ聞いても音痴だね~(爆笑)」
ピッチのコントロールなんて知らなかったのですから当然です。
幸いチビシンガーには「音痴」の意味が分かりませんでした。
分かっていたら大変なことです。
きっとトラウマになってしまって、人前で歌うことにコンプレックスを持って
しまったかもしれないですし、学校に上がれば、「音楽なんて大嫌いだー」
なんて言っていたかもしれないですし、この職業に就くこともなかったかもしれません。
そう考えると、意味が良く分からなくてホント救われたのでした。
今考えると、家族が大笑いしていたのは、ものすごい音痴なのに、
熱唱するその姿が大ウケしていたと推測できるのですが、
当時はそのリアクションの大きさに、「私はきっと素晴らしいんだ」と
勘違いしていたわけです。
この頃から「自分勝手なポジティブ思考」は芽生えていたんですね。
あー、なるほど。
なにはともあれ、「チビシンガー無知の勝利」
ちなみに最初に買ってもらった記念すべきレコードは、当時大ヒットしていた
♪「およげ!たいやきくん」
幼稚園入園後まもなく、お友達の家に遊びにいくと、
初めて目にする威厳のある輝きを放っている大きくて素敵なものがありました。
石川 芳は子供ながらに一瞬でそのものの虜になってしまいました。
それが「ピアノ」の出会いでした。
その日から「ピアノ習いたい」「ピアノ習いたい」と駄々をこねまくる日々が始まります。
「どうせ続かないんだからダメっ」とスパっと否定され、相手にしてもらえず、
しかし、食い下がる、食い下がる。
半年くらい粘ったでしょうか?
「じゃぁ、習いに行ってごらん」とやっと親が折れてくれました。
しかし、どうせ続かないから、という理由で、親戚の家から誰も使っていない
オルガンをもらってきてのスタート。

あまりに熱心に練習する姿に親が感動し、
「この子は将来ピアニストになるかもしれない」と勝手に勘違いし、
ピアノを買ってもらえることになりました。
ピアノを習い始めるとすぐピアノが我が家にやってきました。
念願のピアノが。。。
すると、願望が達成されて、全然練習しなくなりました。
友達と遊ぶことで忙しいですから。
石川 芳の目的はピアノを買ってもらうことであって、
ピアノを習うことではなかったのです。
子供なのでその違いが分からず、ピアノを習えば、
ピアノを買ってもらえると理解していたんでしょうか。
言い出したらきかない頑固な性格と、熱しやすく冷めやすい性格も
この頃から立派に確立されていました。
しかしこの先、練習しない私と母のバトルは10年続くのでした。
